社長の想い

地域の未来を創る者として、互いに支え合える会社でありたい。

土井建設株式会社 
代表取締役 豊池 公人 氏

血縁でなく「人縁」が紡いだ歴史

一般建築からリフォーム、土木・公共事業までを手掛ける建設会社。住宅やマンション、学校、病院のほか、工場や神社などまで、ありとあらゆる建築物を手がけてきた。

「建築のことなら、何でもできる。それがうちの大きな強みのひとつでしょうね」と穏やかに微笑むのは、5代目社長を務める豊池公人さんだ。

中にはここで、「はて?」と思う人もいるかもしれない。社名と社長の名前が異なることに。

メーカーや金融、不動産、小売、マスコミに至るまで、国内外、業界を問わず、同族経営の企業は数多い。殊にその社名に苗字が掲げられている場合は、当然そうと見られることも多いだろう。しかし、ここ「土井建設」は1953年の創業以来、「土井」姓の社長は初代・土井二三夫氏ただ一人。その後、高見氏、福島氏など4人に代替わりし、現在5代目を務めるのが前出の豊池社長だ。

「姓を見ればわかる通り、初代の土井と、その後の歴代社長に血縁関係はありません。創業当初のことは資料も残っておらずほとんど分かりませんが、社内の信頼できる者に代を譲るというのが、代々当社の方針だったようですね」。

そう話す豊池社長も、もともとは別の建設会社に勤務していた一般社員。初代からの誘いを受けて入社したいわゆる“転職組”だ。

「地域社会に貢献」をモットーに

大工上がりの初代が現役のころは、手掛けていたのはほとんどが一般住宅。その後、職人としての技術と地元のネットワークを強みに事業拡大を図り、今では住宅から大型マンション、大規模施設まで幅広い建築物を手掛けるようになった。

それでも変わらないのは、「地元に根差し、近隣地域の町づくりに貢献する」という姿勢。もちろん営業エリアの中心は総社市内で、日帰りで通えないほどの遠方まで赴くことはほとんどない。

「従業員数50名クラスの中小企業で無闇にエリアを拡大すれば、必然的に地元・近隣が手薄になってしまう。飽くまでもローカルに徹した地域社会開発を使命とし、責任と誠意を持ってそれに取り組みたいと考えているのです」。

それがゆえ、現場監督や職人たちが泊まり込みでの仕事を強いられることもまずない。しかし一方で、自宅から現場に直行することもほとんどない。まずは一度出社して、豊池社長に「行ってきます」と一声かけて出発するのが慣習だという。

日々の営みに築かれる、同志の絆

「業務効率や生産性の面から見れば、一見非効率な慣習かもしれません。でも、短時間でも毎日社員の顔を見ることで、『いつも通り元気そうだな』とか『少し疲れが出ているようだ』くらいのことは分かるでしょう。現場での様子を常に確認することができない分、そうやって社員たちの様子を把握しているんです。場合によっては『何か悩みがあるんじゃないか』と声をかけてやることもできますからね」。

業種や組織の大小にかかわらず、社員と社長との間には往々にして目に見えない「壁」のようなものが立ちはだかる。その「壁」を利用して統率を図る経営者も少なくないが、代わりに必要なコミュニケーションが不足し、離職率の上昇につながる一因となっていることも否めない。

「土井建設」の社員定着率が極めて高いのは、決してこのことと無関係ではないだろう。中小企業における平均離職率は新卒で約4割、中途でも約3割に及ぶと言われる今日、同社ではほぼすべての社員が社歴10年を超え、長い人では30年を超える人もいるという。

社員に宣言した「対話と融和」

豊池社長が社長就任あいさつで、当代の使命として掲げたのが『対話と融和』による組織づくりだ。

「与えられた仕事、会社が決めたことだけをただ淡々とこなすだけの日々では、社員たちには必ず迷いや挫折が生じてしまう。組織というのは、ある意味建物と同じで、どこか1カ所だけが強固であってもその強度を保つことはできないでしょう。全体が強くしなやかに支え合って初めて、正しいカタチを維持することができる。そのためには、対話と融和による双方向のコミュニケーションが欠かせません」。

社長と、現場監督や技術者など現場に立つ人間では、担う役割は当然異なる。しかしそれも、家の中で屋根と柱梁、壁、建具が果たす役割が違うのと同じ。立場や役割は違っていても、その必要性、存在価値に優劣はない。

豊池社長を大黒柱に、それぞれのパーツが重要な役割を果たしながら一つの「家」を形成している。土井建設は、まさにそんな「家」のような企業だった。