社長の想い

住む人の夢と作り手の想いが重なりあう家づくり。

株式会社 掛谷建設 
代表取締役 浜田 育代 氏

年間棟数12棟までという誇り

玉野市に一風変わった工務店がある。入口には大きな暖簾が掛けられていて、一見しただけでは和食料理屋のような佇まい。時に間違えて暖簾をくぐってくる人もいると言う。実際は、株式会社掛谷建設として、一般の木造注文住宅の新築を中心に、リフォームやリノベーション、時には店舗の設計、施工までを手がけている。

同社が作る家の特徴は、住む人の夢と作り手の想いが見事に調和している点だ。住宅メーカーの規格住宅の場合、早ければ3ヵ月程で家が完成するが、同社では半年以上かけて完成させる。それだけ一棟一棟にかける想いの大きさの証しであり、一生その家に住む人の夢をすべてカタチに変えたいからだ。そのために必要な時間を惜しまないスタンスが、年間12棟までという数字を誇りに出来るのだ。

「今の時代、家を建てる選択肢はさまざまです。私たちが作りたいのは世界に一つしかないそこに住む人のための一棟です。最初のプランの段階から家が完成するまでのプロセスをお客様と一緒に時間をかけて楽しみながら作っていきたいです」と、浜田育代社長。

経営者としての自負と職人の誇りが交錯

もちろん、こうした家づくりのスタンスが築き上げられるまでには紆余曲折もあった。「創業者の父親は、建売住宅に手を広げた時期がありましたが、もともと注文住宅から始めた工務店だったので、現場の大工さんは建売住宅をやることに少し抵抗があったかもしれません。会社を大きくしたい経営者としての自負、職人としての技を活かしたい現場の大工さんの誇り。当時、いろんな想いが交錯していたはずです」と語る。

浜田氏は1999年、結婚を機に美容師を辞めて父親の手伝いを始めた。その当時は株式会社へ組織が変更され、建売住宅の販売に力を入れ始めた時期だった。最初は経理の仕事に携わりながら、徐々に経験のない営業畑に足を踏み入れていく。

「接客をした経験もあり、人と接するのが好きだったという理由だけで、私は営業をしたいと頼みました。昼間は営業で外回りをして、一旦家に帰って食事の準備をした後に、会社に戻って経理の仕事をする。目まぐるしい毎日でしたが、それでもやっぱり楽しかったですね」。

自分たちだからこそできるカタチづくりを

浜田社長は、実際の営業活動を通じて、注文住宅の可能性、お客様との関わり方の楽しさを更に知ることになる。

「注文住宅の可能性は、どんなアイデアや発想も自由にカタチにできること。言葉だけでしか表現できないような夢でも、時間をかけて話しあえば必ずカタチになる。そんな可能性を持つのが、注文住宅の素晴らしさです。そこから、お客様と作り手の密な関係を築いていくのもそのひとつです。建売住宅では、お客様と作り手との接点がほとんどなく、売り手と買い手だけの関係になりがちです。そうではなく、スタッフとお客様が一緒に家を作っていく間に、本当の家族のようになってくるのは嬉しいものです。

弊社くらいの規模の工務店は、大手の住宅メーカーには太刀打ちできないところもたくさんあります。だからこそ、私たちにしかできない家づくり、お客様との関係づくりにこだわっていきたいですね」と、浜田社長。建売住宅に触手を伸ばしかけた時期もあったが、注文住宅の可能性という道を選択し、経営の路線を変えていくことになる。

掛谷ファミリー、チーム掛谷として

浜田氏は2012年に社長に就任。父親の政夫氏(現会長)から会社の運営を一任される。「社長に就任する前から、少しずつ注文住宅を事業の柱とする体制に切り替わっていました。私に出来たことは、私たちの家づくりへの情熱や想いを明確にして、とにかく情報発信し続けることくらいでした」と、謙遜する。

浜田氏は現在、社長業、営業、母親業と一人で何役もこなす。
「社長業に専念するべきかもしれませんが、今は営業の仕事が楽しくて離れられそうにないので、もう少しの間は楽しませてもらおうと思っています。もう少しがどのくらいになるかわかりませんが…」と、笑顔で話す浜田社長を見ていると、まだ当分第一線を退くつもりはなさそうだ。

マイホームを夢見る人が「なんだか面白いことを仕掛ける工務店が玉野にあるらしい…」。そんな知る人ぞ知る会社にしていきたいそうだ。掛谷ファミリー、チーム掛谷として、将来もきっとお客様と一緒に楽しい夢を追い続けているに違いない。