社長の想い

システム化をヒューマンな心で支える作業帽製造、業界最大手。

倉敷製帽株式会社 
代表取締役 岡 裕二郎 氏

地域とともに歩き出した創業期

倉敷製帽株式会社は、作業帽で国内トップクラスの生産量を誇る。その他、食品衛生帽や作業服販売を主力とする。

昭和28年に現社長の祖父が興した。「時代は戦後のどさくさで、何をやっても食えなかった時代だったと聞いています」と語るのは代表取締役社長の岡裕二郎氏。当時、帽子は余った生地から作るというのが一般的で、生地代があまり掛からず、持っていたミシンの技術が生かせる。そこに着目をして事業を始めた。

法人化は昭和48年のこと。「そのころから軌道に乗り出したのではないかと思います」。ちょうど高度経済成長のころである。工業化の時代とともに工場で被る作業帽の注文は増えていった。あわせて、地域の内職の人数も充実してきた。社内にも職人はいるが、縫製業界は家庭で内職を希望する女性も貴重な戦力である。当時から現在に至るまで、地域の内職さんと二人三脚で歩んできたという歴史が同社を支える。

顧客との約束を守り、ブランドを高める

賃金の安い海外の影響は受けていないのだろうか。素朴な質問を岡社長に向けてみた。

「ファッション帽は影響がないとは言えないと思いますが、我々は作業帽で、しかも小ロット短納期を約束しています。海外生産は最低ロットが数千個以上とボリュームが必要です。当社も一部海外工場と協力している部分もありますが、小ロット短納期をお客さまにお約束している以上、国内生産が軸となります」。

事実、同社は同一の別注商品(サイズ違い可)20個からを、1ヶ月で納めるというスタイルを原則としている。しかも、例えば3年前に注文した帽子でも、同じものを作って納めてくれる。しかし、このシステムだとあらゆるタイプの生地を在庫していなくてはならない。在庫できる資本力があるからこそ、お客さまにお約束できることである。

組織としての力を生かして

さらに、同社には自社カタログが存在する。掲載点数は約300アイテム。別注のシステム化である。生地を在庫して規格を整えることで、別注商品20個から1ヶ月で納品という仕組み化を定着させた。

家内制工業として経営している帽子屋の廃業が相次ぎ、組織として安定したシステムを整えた同社に注文が集まりつつあるそうだ。「これは、先代の社長の功績が大きいと思います。いち早くシステム化して、技術を標準化することで、企業として帽子の製造をする価値が少しずつ高まっているのではないかと思います」。

しかし、問題もある。工場内は機械も活躍するが、大半は人の行う仕事である。サンプルを作る、型を起こす、縫う、マークを描く、検査をする、仕上げるなど、大事な工程はすべて人による仕事である。「人材の育成は気の抜けない課題です」。

内職さんの確保も大きな課題である。縫製は海外の安い賃金に依存する傾向が強まり、国内でその仕事をやろうとする若者が減っているのは同社に限らない、この国の課題と言えるかもしれない。

人の心を大切にして、さらなる成長を指向

取材も終盤に差し掛かったころ、ふと社長がつぶやいた。「帽子、被りますかね?」これからの若者が管理職に就くころ、工場で帽子を必要と言うだろうかという疑念である。「帽子の必要性を問い直して、需要は減っていくのではないかと危惧します」。安全とか衛生などの明確な理由の薄い職場では、制帽が下火になるかもしれないと言うのだ。

「これは、先様の判断ですから何とも言えません。ただ、我々ができる対策は、工場の効率化です。それは、お客さまにお約束している30日という納期をいかに縮めるかという問題でもあります」。

市場の見通しと合わせて、こんなこともおっしゃった。「企業規模が大きくなることが果たして幸せだろうかと考えることがあります。それで社員が幸せなら大きくすべきですが、目の届く範囲で、人として接することのできるのは現状くらいの規模でしょうか」。業界トップを誇る仕事も、やはり人の心あってこそである。