社長の想い

運んだあとの気遣いから生まれた、ビジネスサポートが成長の原点。

灘崎株式会社 
代表取締役 寺山 泰生 氏

少量を丁寧に、確実に

灘崎株式会社のスローガンは「I’mビジネスサポート」。運送業として「お客様に役立ち、喜ばれるサービス」をモットーとしている。軽トラックからワゴン車、2~3.5トントラックを持つが、10トントラックなどの大型車輌はない。

「大量に運ぶ仕事は価格競争になってしまう傾向にあります」と語る寺山泰生社長の向こうでは、社員が何やら書類の仕分けをしている。「電子メールの時代に、まだこういう紙の文書を運ぶ仕事があるんですよ」。それは、ある企業の支店間を行き交う社内文書。ネットのセキュリティよりも、情報漏えいの観点から封印された状態で人によって届けることがもっとも安全であると判断している企業からの荷物である。

ある大手コンビニから、各店舗に書類などを受け渡しする仕事も請け負っている。伝票などのビジネスフォームにはじまり、キャンペーンののぼりや販促グッズなど、全国一律に展開しているコンビニは、本部からの届けものも多く、コンビニ各店から本部に行く書類なども多い。「I’mビジネスサポート」の意味が少しずつ見えてきた。

プラスアルファの作業が売り

書類のほかに、機械装置なども運んでいる。荷物を降ろしておしまい、というのは、同社の考える「ビジネスサポート」ではない。「機械を降ろしたら、カンタンな据え付けまでお手伝いします。ネジを締めて、配線を決められた通りにつなぎ合わせる作業は、うちの社員ならできます」。

荷を指定の場所に降ろしたあとの軽作業が「ビジネスサポート」である。そのサービスが重宝すると口コミで広がり、同社に仕事を依頼する荷主が増えた。

そのような軽作業は、一般の運送会社では仕事の手離れが悪いと敬遠するケースも多い。しかし、寺山社長はもともと工業畑出身。機械の組み立てなどはお手のもの。

「わたしはもともと、工場でものづくりをしていました。38歳のときに20年間務めた会社を退職して、その後やることもなくラジオを聴いていたら「あなたも今日から独立経営者になれます」という赤帽(軽貨物を営む個人事業主の集まった協同組合)のCMが流れてきて、独立できるのか、と思って赤帽を始めたのです」。

気づきから生まれるサービス精神

赤帽で運送業のことを一通り学ぶも、ものづくりの現場に20年もいた感覚が、働き方に自然と現れた。引っ越しを頼まれると、現地で部屋のレイアウト通りに据え付け、「帰るころにお客さまの気が変わって、また移動したいと言われても動かしてあげます」。そうしたちょっとした気遣いが、リピーターを生む。

「岡山から県外に進学された学生の親御さんから、4年前にお世話になったのですが、と帰郷時の引っ越しもお願いされることもあります」。運ぶだけでなく、そのあとのちょっとした一仕事に、同社の仕事が途切れないヒントがあった。

「これは、決められたこと半分で、あとはその人が気づいたり悟ったりすることですから、誰でもすぐにできることではないかもしれません」と、社長は少し悩ましそうな表情を見せた。すべての現場に社長が同行できない以上、現場では、現場に行った者の責任において、顧客満足以上の結果を残して仕事を終わらせてこなくてはいけない。例えば、ファミリーの引っ越しであれば、奥様の気持ちを察することができなければ一人前ではないと言う。

想いも届けたい

社員はパートタイマーも含め、50人を超えた。拠点は岡山に加え、名古屋にもできた。サービス品質の徹底と向上に、いっそう力が入る。同社は、運送業界のなかでも数少ない、荷主と運ぶ人(同社)が直結している会社である。

「ビジネスサポートに徹したいという我々の想いは、直接取引でないと伝わらないので」と社長。想いを可視化した一例として、全社員ネクタイを締めたうえで、共通のユニフォームを着用していることが挙げられる。社会一般に思われている運輸業との差別化でもある。

もちろん、ネクタイを締めるということは、お客様への敬意でもあり、顧客接点を重要視している現れでもある。「それは同時に、社員に自負と誇りをもって働いて欲しいというわたしの想いでもあります。どこまでその気持ちが社員に伝わっているのか」と笑いながら少し首をかしげる。

社長の想いは、業界の既成概念を超え、「ビジネスサポート」として、あたらしいサービス形態を生んだ。同社を必要とする荷主のために、今日も熱い想いを胸にハンドルを握る。